INTERVIEW

産学連携という大役を担い、アントレプレナー教育に尽力する
ベンチャーメンタリングプログラム総括コメンテーター 各務 茂夫 氏

今月は、MIT-VFJのビジネスプランコンテスト〜ベンチャーメンタリングプログラムを通して、永年最終発表会において総括コメントを頂戴している各務茂夫さんにお話を伺います。
各務さんは、アントレプレナーシップ教育に取り組み、産学連携、東京大学での大学発ベンチャー支援、インキュベーションにご尽力されています。

前に進むようなポジティブな視点でコメントを

佐々
各務先生がMITベンチャーフォーラム(以後、MIT-VFJ)と関わるきっかけになったきっかけを教えていただけますか?
MIT-VFJのビジネスプランコンテスト最終発表会の審査員として参加された時はいつで、どのような印象を持たれましたか?
各務
MIT-VFJの皆さんとはいろんなところでご一緒していて、私が主導して始めたアントレプレナーシップ教育プログラムにメンターを派遣していただくケースもありました。
ここ数年は、MIT-VFJではコンテストではなく、むしろどちらかというとメンタリングの方に重きを置かれていらっしゃるという印象があります。
皆様が熱心にボランティア活動として取り組まれていて、日本のイノベーションの一端を担っていると思い、敬意を表しています。
私は基本的に最終のビジネスプラン発表会に行き、コメントをつけ、その後懇親会があるという、年に一度のお付き合いになっています。
佐々
ビジネスプランコンテストの時は審査委員長を、現在メンタリングプログラムに老いてはコメンテーターのお一人として全員に対して総括コメントを頂戴している中で、その役割に対してどのような思いで臨まれていますか?
各務
最後にまとめてコメントするような流れができています。
この数年だとファイナリストは5社か6社ぐらいで、その場で話を伺って1つ1つについてコメントする役割があり、それで私が審査委員長となっているのでしょうかね。
一人ひとりについて複数のメンターの方々のメンタリングがあり、それを経て最終発表があります。
そのプロセスの中で企業の方の成長があり、当初の頃から比べると大きな変化率で、まさにビジネスの匂いがする方向に、だんだん方向付けられていっています。

私は発表を聞いた限りでコメントしますので、十分承知していない段階でのコメントですから、的を射ていないのではないかと思うこともありますが、その事業が持っている大きなポテンシャルをベースにして、なるべく前に進むようなポジティブな視点でコメントします。
ただし、足りない視点があれば指摘し、皆さん方がいろいろなコメントされているので、関わっているメンバーの方々の意見も集約しながら、可能な限りポジティブに前に進めるようにしています。
もしかすると視点として欠けているのではないかという側面があれば、そのあたりを可能な限りフィーチャーする形でお伝えして、前に更に進んでいただけるようなコメントをするようにしております。
うまく機能しているかどうかは、皆さん方のご意見を聞いてみたいと思いますけどね。

印象に残っているファイナリストや関係者

佐々
ご記憶の範囲で構いませんので、これまでの中で特に印象に残っているファイナリストや事例があれば教えてください。
各務
何百ものビジネスプランコンテストを見ているので、すべてを覚えているわけではありませんが、直近では「モビスペース」が印象に残っています。
マイクロスペースを見つけて活用するビジネスで、AIとカメラを使い、不動産の登記情報も加味しながら新しいビジネスのオポチュニティを開いていくような取り組みです。
「モビスペース」の片山さん(第24回ベンチャーメンタリングプログラムファイナリスト)とは、私もいろんなとこでお会いしています。

また、川北さん(MIT-VFJメンター)は毎回お会いしていて、新しい事業を次々と始める素晴らしいシリアルアントレプレナーとして立派だと思います。
場合によっては必ずしもうまくいかなかった事例もあると思うのですが、お会いするたびに「新しい事業を始めました」とお話しされています。
川北さんは同窓生ということで印象に残っています。
どこかで大きな花を咲かせるビジネスをされるように思っています。
ごくごく最近も新しいビジネスの展開をされていると思いますが、いつもお会いするのを楽しみにしております。
佐々
そういう意味では、このプログラムが、各務先生にとっても、昔参加された方のその後の進展などを思い出す場にもなっているということでしょうか。
各務
そうですね、そう思います。
途中で鈴木啓明さん(元MIT-VFJ理事)がお亡くなりになった悲しいこともありましたけれど。
つい先日ですが、山田敦子さん(MIT-VFJメンター)と別のところでお会いしたら「お元気ですか」なんて話もすこともありますし。
この会の中での出会いが別の場所での接点を設けたりしています。
日刊工業新聞社のキャンパスベンチャーグランプリには審査員を毎年出していただいて、この数年間冬野さん (MIT-VFJ理事) にご指導頂いておりました。
学生のコンテストの審査もご一緒したりですね。
MIT賞には帽子(MITのロゴ入りキャップ)を必ずプレゼントで出していただくという伝統はどこでも受け継がれていますね。
私にとっても皆さん方のコミュニティでご一緒できたことは大変光栄に思います。

産学連携という大役を担い活躍する日々

佐々
ありがとうございます。
少し視点を変えまして、先生が産学連携という分野に本格的に関わるようになった経緯を教えてください。
各務
東大に来た理由とも直結しますが、2004年に始まる国立大学法人化が明確なきっかけです。
それまで単純化していえば文部科学省の一部だった国立大学がそれぞれ法人化され(国立大学法人)、1つのエンティティとして独立した組織体になりました。
その結果、特許権化されたような発明や研究成果が、大学に帰属するようになり、その発明を事業化することが大学の新たな柱となることが、国立大学法人法に定められました。
そのための専任教授として、2004年に東大産学連携本部(当時、現産学協創推進本部)の教授・事業化推進部長に就任し、大学発スタートアップを推進する役割を担いました。

事業化推進部長に加え、2013年度からイノベーション推進部長というものを兼務することになりました。
企業との共同研究も総括し、ベンチャーもやるということで、大学の研究成果がいろいろな形で、イノベーションに近づくための活動になっていました。
教授職もやっていましたので、産学連携活動でその一端を実務として担う責任のある立場でした。

アントレプレナー教育、ベンチャー教育をやっていて、2005年度には私が「東京大学アントレプレナー道場」というプログラムを開講しましたが、それから20年経ちました。
起点は2004年の国立大学の方針で、これが契機になっています。

どの国立大学も、こういった産学連携に関わる活動を始めるようになりましたが、以前はこういった産業界と大学を結びつけることの専任の教員というのはあまりいなかったものですから、外部から取るとか、そういったようなことが必要になってきました。
どの大学も外部から人が来るようになったのですが、私の場合も直前までコンサルティング会社とかヘッドハンターの会社とか、そういったプロフェッショナルな業務に関わっていて、最初は薬学部に入りました。

2004年の法人化と同時に、産学連携や、全体の統括組織である産学連携本部(現産学協創推進本部)に長らくいて、東大を退職する直前5年間は大学院工学系研究科・工学部にいました。
現在は新潟の開志専門職大学という大学の学長職が本務ですが、東大の特命教授も兼務しています。
佐々
かなりお忙しい毎日を相変わらず過ごされていらっしゃる感じですね。

スタートアップは、どのように大学などの研究機関の活用できるか

佐々
特に技術系のスタートアップの皆さんにとって、大学など研究機関をどのように活用、あるいは連携していったらいいかとかいうところについて、お伺いできないでしょうか。
各務
国立大学の業務として支援するということで、今、東大には2つの投資会社・ベンチャーキャピタルがあります。
東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)と、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)です。
東京大学エッジキャピタルパートナーズは2004年設立の国立大学の法人で、今6号ファンドを組成中と承知しております。
5号ファンドまでで850億円で、6号ファンドでおそらく4〜500億ぐらいのファンドになりますから、相当大きなファンドで、その役員(監査役)を2004年度から郷治友孝社長の下で10年間やってきました。
郷治社長は、現在、一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会の代表理事(会長)でもあります。

東大では、本郷キャンパスに大きなものが2つと、柏と駒場にもインキュベーション施設を大学の仕組みとして作っています。
また、研究成果をビジネスに結びつけるギャップファンドも大学の中の仕組みとして持っています。

法人化の翌年の2005年度に、私がアントレプレナーシップ道場を始めて20年が経ち、卒業した人が作った会社が165社(事務局発表)あり、ユニコーンに近づいている会社も今ずいぶん出てきています。
東大のベンチャーの数は2025年3月末時点で638社と発表しているので、そのうちの3分の1から4分の1ぐらいが、この道場出身ということになるわけですね。
その中にはMITビジネススクール修了者である伊藤陽介さんがいます。
彼は最初の会社はイグジットし、2つ目のキュエル株式会社は量子コンピューターのビジネスで、もうすでにベンチャーキャピタルからお金をもらわなくても、20数億の売り上げを上げているような大きな会社になっています。

今は東大の中で約60のアントレプレナーシップ教育のプログラムがあり、私も工学にいた時には松尾豊先生と同じ専攻で、AI絡みのプログラムや、アントレプレナーシップ教育のプログラムに関与してきました。
各大学が競ってスタートアップを支援するいろいろなプログラムを作っています。

MIT-VFJの支援のプログラムの評価

佐々
MIT-VFJのようなメンタリングを含む支援のプログラムが、日本のスタートアップ育成に与えているインパクトについてはどのよう評価されていますか?
各務
MIT-VFJ はMITの卒業生がやっている長い歴史のあるプログラムですが、こういったプログラムは相当な数があります。
私がアントレプレナーシップ道場を2005年に作った時は、教育のプログラムもなかったのですが、現在は東大の中だけでも50〜60もあるわけですから。
いろいろなところにそういったメンタリングプログラムというのも出始めています。
国が主導するもの、海外に実際に派遣するプログラムもあれば、メンタリングをつけるプログラムもあり、様々なものがあります。

その中でどんな特色付けをしていくのか、どのステージを対象にするのかというようなチョイスもあってですね。
MIT-VFJというものが、今どの分野においてより際立った存在なのか、差別性も含めて問われる段階に来るくらいに、プログラムが多くなっています。
そんな中でも、企業からすると一目置く存在、一回ご指導を仰ぎたいと思うようなプログラムの1つとして、ポジショニングされているかなと思います。

日本のスタートアップ支援で重要なのは、事業化できる経営者の育成

佐々
これからの日本のスタートアップ全体を支えていくために、これから強化していくべき点はなんだとお考えでしょう。
各務
最も重要なのは経営者の問題です。
大学の研究成果のディープテックを掘り起こしてイノベーションにするためには、実際にその技術を事業化できる経営者が必要です。
MITのビジネススクールは半分がエンジニア出身者で、研究成果とビジネスを結びつける教育が行われています。
日本ではそういうものがなかなかなくて、東大にもありません。

私もMITのいろいろな方とお話をし、メディアラボも行きました。
Eラボというエンジニアスクールの学生2名と、ビジネスクール2名で、一緒にイノベーションを作るようなプログラムを作っていたりですね。
マイケル・クスマノ(MITスローン経営大学・スローン・マネジメント・レビューの主幹教授、元東京理科大学副学長)先生とも何回もご一緒しました。

MITには、経営人材の育成があり、そこに研究成果が結びつくという仕組みがあります。
日本では、研究シーズはグローバルな視点でも研究成果はそれなりの価値はあるものの、それをビジネスにしていく経営者をどう育てるかが課題です。
特にディープテックの場合、産業知見が重要で、顧客の困りごとを理解することが重要です。
国を挙げてどうやっていくかということにもなってきますが、今の日本の大企業が必ずしもいい方向ではないので、退職してスタートアップに入ってくる人も多くなっています。
MIT-VFJもクリニック、メンタリングだけでなく、経営人材を提供していくような貢献ができるのではないかと思います。
佐々
なるほど。 確かにMIT-VFJで考えていけたらいいなと思うようなご示唆、ありがとうございます。

できるだけ早くに仮説検証し、大きな社会課題の解決に向けてチャレンジ

佐々
これから起業に挑戦していく若い人たちに向けて、先生からぜひエールをお願いしたいです。
各務
教育のプログラムと言いましても、やはり起業というのはそれなりに大変なことですから、若いうち、できれば学生のうちに自分が持っている仮説を検証することが重要です。
学生のうちは失敗のリスクも小さいです。

ChatGPTを使えばマーケットの大きさなどをかなり精緻に調べることはできますが、実際の顧客の困りごとを理解するにはChatGPTだけでは難しいです。
顧客インタビューなどでいろいろと聞き、宿題と思えるものに対して、1つ1つ回答していくというような、そのぐるぐる回りをちゃんとやっていくことがとても重要です。
そういったことをやれる教育のあり方とか、PBL(Project Based Learning)のようなものを作るとか、あるいは体験値をもっと重要視するようなプログラムを、大学が作っていくことが重要です。

日本は人口も減少しており、今回の米の問題にしても明らかに供給不足という問題があります。
このような日本の問題解決に、一種のアグリテックのようなものなどいろいろなものが問題解決につながると思います。
これだけの問題がある国なので、逆に言えば一方ではチャンスがあるということです。

可能な限り大学にあるプログラムを活用し、大きな社会課題の解決に向けてチャレンジしていただきたいと思います。
そのプロセスの中において、こういったMIT-VFJの制度を活用し、自分の仮説を検証することを、若いうちにやっていただくのがいいと思います。
佐々
ありがとうございます。 まずやはり実際に動いてみることが、何よりも大事ですね。

MIT-VFJに対して期待すること…事業の主体者になるというようなプラットフォームを提供する

佐々
今後のMIT-VFJに対して、どのような進化や発展をご期待されているでしょうか。
各務
他のシンクタンク系のところもこういったメンタリングのプログラムを開催しています。
例えば三菱総研は、さまざまな社会課題解決型のプログラムのメンタリングや、コーチングをされています。
シンクタンクの方はマーケットのニーズもよく捉えていらっしゃるので、サポートするばかりではなくて、実際に自ら当事者として、スタートアップのアイデアを出した方とご一緒して伴走するという、もっと踏み込んだ形で、事業の方に出してみる…例えばスタートアップの世界に行って、実際にやるようなことがすごく重要なことだと思います。
その時は場合によっては会社を一時休むか、あるいは副業兼業もあるかもしれませんけど。
構想を練るという段階から、支援だけに回っているのではなく、当事者として自らやるという。

MIT-VFJのメンターの方々は実際のご自身の事業があり、あるいは企業に属しているというお立場もありますが、MITの中で培ったさまざまな知見をお持ちなので、単にメンタリングとしてサポートするというだけではなく、実際に事業の主体者になるというようなプラットフォームを提供できるようになると素晴らしいと思います。
佐々
ありがとうございます。
MIT-VFJに関わるすべての方々に向けて、最後にメッセージをお願いします。
各務
素晴らしい制度を運営されているので、多くの方がチャレンジして応募し、濃密な数ヶ月間のメンタリングを経て発表する機会を持っていただきたいと思います。
さらに具体的に本当の意味で大きな花を咲かせるような大きな構想を作って、社会課題の解決者として生まれ出て、世の中に貢献できることと思っています。
ここの卒業生が世の中に今後どんどん多く出てくると思いますが、私もそのコミュニティの中にあって、引き続き何かご示唆させていただくような機会を継続し、皆さんと共に日本の大きなイノベーションシーンを形成できればと願っています。
佐々
今日はお忙しいところ、本当にありがとうございます。

各務 茂夫(かがみ しげお) 氏 プロフィール

  • 開志専門職大学 学長(2025年4月~)
  • 東京大学 特命教授(2025年4月~)
  • 一橋大学商学部卒、スイスIMEDE(現IMD)経営学修士(MBA)、米国ケースウェスタンリザーブ大学経営学博士(EDM)
  • ボストンコンサルティンググループを経て、1986年コーポレイトディレクション(CDI)の設立に創業パートナーとして参画、
取締役主幹、米国CDI上級副社長兼事務所長を歴任。戦略コンサルタント歴15年
  • 学位取得後、世界最大のエグゼクティブサーチ会社の一つ、ハイドリック&ストラグル社パートナー(ボード・プラクティス)に就任。我が国企業のコーポレートガバナンス改革に取り組む
  • 2002年東京大学大学院薬学系研究科「ファーマコビジネスイノベーション講座」教員となり、2004年東京大学産学連携本部 教授・事業化推進部長に就任。2004年~2013年まで(株)東京大学エッジキャピタル監査役。
2013年4月から東京大学産学連携本部 教授・イノベーション推進部長(~2020年3月)
  • 東京大学大学院工学系研究科教授、産学協創推進本部副本部長(2020年4月~2025年3月)
  • 東京大学では大学発スタータアップ育成・支援、起業相談等)、アントレプレナーシップ教育、研究者イノベーション人材育成教育、企業との大型共同研究創出に取り組む
  • 一般社団法人日本ベンチャー学会会長(2020年1月~2024年12月)、日本ベンチャー学会第1回松田修一賞受賞(2015年)、
NPO法人アイセックジャパン代表理事・会長(2013年4月~2025年3月)

聞き手 佐々 百合子

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