INTERVIEW

誰もが自分にしかない色を生かせる社会を目指す「IRODORI」
VMP25ファイナリスト
株式会社IRODORI代表取締役 谷津 孝啓 氏

第25回VMPファイナリスト、株式会社IRODORI代表取締役の谷津さんと、永井さん、遠藤さんにご登場いただきます。

「それ本当に必要とされていますか?」企業の取り組みをオーダーメイドで支援し、街の課題解決を

大場
貴社について、またビジネスモデルについて教えてください。
谷津
僕たちのビジネスモデルは、BtoBとBtoGの2つがメインです。
BtoBは企業の新規事業開発支援、BtoGは自治体の計画策定や個別事業の伴走支援を行っています。

社内での役割としては、僕が事業全体を見る機会が多く、永井は事業推進を中心に、HRや広報周りを担当しています。
遠藤は各自治体の事業プランニングや、広報周りの一部を担当しています。
永井
はい。状況に応じて、かなりフレキシブルに動いています。
大場
お三方で支え合いながら、ミッションに向かって進めていらっしゃるんですね。
BtoBとBtoGとのことですが、具体的にはどのような業務、事業展開をされているのでしょうか。
谷津
まさに今、企業が取り組んでいかなくてはならない領域である、社会課題解決や地域課題解決の支援をしています。
例えば、プロダクトアウト的に製品を作って販売しようとしても、それが本当に地域や人に必要とされているかどうかが、十分に検証されないまま進んでしまうケースが多くなっています。
最近は、そうした状態そのものが課題になっていると感じています。

そこで僕たちは、マーケットインの活動ができるように、自治体と連携しながら、地域の課題をきちんと把握できるプログラムを設計しています。
企業の方々に実際に現地へ足を運んでいただき、そのエリアでどのような課題があるのかを把握し、可視化した上で事業を作っていく。
その事業コンセプトの設計から、事業の伴走支援、さらに事業が組成された後の推進支援まで、一貫して企業向けに行っています。
大場
地域側のコミュニケーション窓口のような、実態を“変換”して企業側に伝えるMissionをされている、という理解でよいのでしょうか。
谷津
近い部分はあるのですが、少し違います。
「窓口」や「単なる仲介」というよりも、現場の実態を踏まえながら、事業として成立する形に再設計し、実証から実装まで伴走する、という役割に近いです。
表現が少し難しいのですが、契約形態としては業務委託契約になることが多いですね。
大場
業務委託は、自治体からではなく、民間企業から受けるのですか?
谷津
そうですね。
案件によって、共同プロジェクトとして進める場合もあれば、委託契約で進める場合もあります。
このあたりの表現は、まだ自分自身も完全に言語化しきれていない部分があるのですが、基本的には、企業が取り組みたいテーマに対して、オーダーメイドで支援していくということをやっています。

具体的な事例をお話ししますね。
あるハードウェアメーカーで新規事業が立ち上がり、高齢者の見守り支援を目的としたプロダクトが開発されました。
家庭用テレビにセットトップボックスをつけることで、リモコン一つでZoomのように使える、というものです。
「これを作ったので、見守り支援として自治体に展開できると思う。IRODORIさん、販売を手伝ってください」と相談を受けました。
ただ、「誰が、どのようなシーンで使ったら幸せになるのか」という点について調査をしているのかを聞くと、まったくできていなかった。
そこで「それでは、数千台を目標にしているとのことですが、まず売れないと思います」と率直にお伝えしました。

見守りを必要としている住民の方々、社会福祉協議会、福祉政策に関わる方、行政の担当者、厚生労働省から認定されている民生委員の方など、地域には多様なプレイヤーがいます。
そうした人たちが、どのようなシーンでこのプロダクトを使えるのかを、きちんと実証しなければ、実際には使われません。
「本当にやりたいのであれば、そこから一緒にやりましょう」とお伝えし、実証のコンセプト立案から、現場で正しく運用されるかどうかの検証までを伴走していきます。
大場
営業を担う、ということですか?
谷津
いえ、営業ではありません。
最終的にプライシングを決め、販売していく部分は、その会社自身が担うべき領域です。
僕たちは営業代行や経営コンサルティングをしているわけではなく、プロダクトやサービスが本当の意味で社会に必要とされているのかを実証し、成立する形に整えることを担っています。

大企業であれば、商品開発の部門と販売の部門は分かれていますよね。
販売部門は「良いものじゃないと売れない」。
つまり、社内であっても「これは世の中に必要とされる」と実証できなければ、会社の冠をつけたまま売ることは難しい。
その間を調整し、成立させていくコーディネートを引き受けている、というイメージです。

加えて、従業員の育成にも関わっています。
企業側のメンバーは、どうしてもプロダクトアウト的な思考に寄りがちなので、マーケットインに切り替えるため、実際に現場に入りながら一緒に動きます。
例えば永井は、おばあちゃんの家に一緒に行き、インサイトを丁寧に取るための伴走をしたり、といったことも実際に行っています。

本当に市場に必要とされているものなのかを理解するための研修プログラムも持っており、そうした支援も行っています。
そのため、限りなく手のかかる仕事だと思っています。
大場
それを3人でやっていらっしゃるのですか?
谷津
いえ、業務委託メンバーも含めてプロジェクトチームを組み、進めています。
大場
企業側からのオファーは多いと思いますが、自治体との繋がりはどのように作っているのですか?
谷津
すでに繋がりのある自治体がかなりあるので、まずはそうしたところにお声がけしています。
必要に応じて、新しくお声がけすることもあります。
結果として、少し特殊なポジショニングになっているのかもしれません
大場
オリジナリティ、ということですね。
谷津
そうですね。
逆に言うと、「マーケットの暗黙知」を扱っている感覚に近いかもしれません。
MIT-VFJのメンタリングでも、メンターの皆さんからよく言われました。
大場
どのようなお話だったのでしょうか。
谷津
会社を大きくしていくときに、そうしたマーケットが明確に存在するのか、という問いですね。
自分たちしかできないスモールビジネスなのかどうか。
限りなく後者に近いと、自分たちでは理解しています。
「そういうので仕事になるんだね」と言われることも多いです。
1兆円市場にこの製品を投入します、というような表現ではなく、僕たちはむしろ、現場で本当に必要とされていることを見抜き、そこに必要な価値を提供することをやっています。
とにかく現場との会話、対話を重ねる。
そこに予算がないのであれば、予算を作るところから一緒に考えることもあります。
大場
提供者目線ではなく、それぞれの団体の声を聞き、それをマッチングさせるためのコミュニケーションを、間に入って丁寧に行っているのですね。
谷津
そのためのフレームワークや研修手法を持っています。
提供者目線ではなく、課題を抱えている側に寄り添い、予算も含めて成立させていく仕事をしています。

3人のそれぞれのきっかけの中にある共通点

大場
今の事業を始められたきっかけは何ですか。
谷津
きっかけは、正直に言えば「普通の仕事ができなかったから」です。
既存製品を売ることに、まったく向いていなかった。
世の中の製品に完璧なものなんてないじゃないですか。
それでも「売らなければいけない」という状態が、一般的な企業の製品・サービスの構造ですよね。
良くなる保証がないのに売らなければならない。
僕にはそれがどうしてもできませんでした。

では、本当の現場の声とは何なのか。
それを突き詰めていくと、表に出ていないインサイトが数多くあることに気づきました。
それを実現するために、行政の事業を設計したり、時には政策レベルで変えていったり。
そういったことに取り組むようになりました。
大場
遠藤さんや永井さんも、同じような思いだったのですか。
谷津
かなり近いと思います。
2人は僕ほど不器用ではないですが(笑)
永井は、ずっと「地域」というドメインで動いてきました。
永井
そうですね。
もともと地元に帰って先生になろうと思っていました。
ただ、先生にならないと決めたとき、「地元で働きたいけれど働く場所がない」と感じて、東京で就職しました。
本当は地元で働きたかった。
その思いから、東京で栃木県出身者を集めたイベントを自主的に始めました。
いわば「栃木県出身者の飲み会」を企画したんです。

地方創生という言葉が広がったのは2014年頃ですが、私が栃木県出身者の飲み会を始めたのは2015年でした。
その後、地元では何が起きているのかを知りたくて、一人で地域の経営者の方々を訪ね歩きました。
その中で、「このままでは帰れない」と感じました。
それを何とかしたいと思ったことが、起業のきっかけです。
大場
すべてパッションで動いているのですね。
少し脱線しますが、私はパッションに憧れています。
突き動かすモチベーションとは何なのか、と考えてもまだ見つからなくて。
ですから、本当にすごいなと思います。
永井
探究心だと思います。
谷津
永井の得意技は、渋谷のハチ公前でのビラ配りですから。
大場
えっ、本当ですか?
永井
「栃木県出身の人を探しています」という看板を作って、立っていました。
谷津
その様子がNHKに特集されましたからね。
大場
すごいですね。
永井
私の一番のヒット作がそれなので…少し複雑ですが(笑)
大場
なかなかできることではないですし、誇れることだと思います。
今は栃木県だけでなく、他の地域にも広げていらっしゃるのですか?
永井
はい。2017年に一人株式会社を立ち上げて、初めて起業しました。
当時は地元である栃木に特化して活動していました。
谷津さんには、その頃に仕事を発注していただいていました。
その後、お互いの節目が重なり、合併してIRODORIを立ち上げました。

私が一人でやっていた頃は栃木が中心でしたが、谷津さんは全国で活動していて、私もそこから全国に広がっていきました。
谷津
最近は、世界になってきましたね。
永井
そうですね、世界です。
谷津
遠藤は、看護師と保健師の資格を持っています。
永井
ファーストキャリアは社会福祉協議会でしたよね。
イノベーター気質が強すぎて、弾き出されるような経験もあって…いろいろありましたよね。
遠藤
そうですね。私は行政側の仕事をしていましたが、「このままではここに住み続けたいと思えない」と感じる瞬間がありました。
変えられない構造があまりに多いと感じたんです。
その地域にずっと住み続けるためにはどうすればいいのか。
その問いにぶつかりました。

その後転職し、街づくりや地方活性の分野に関わってきましたが、しっくりくるものに出会うまでには時間がかかりました。
IRODORIのビジョンやミッションに出会ったとき、「私がやりたかったのはこれだ」と思いました。
メッセージを送り、仲間に入れていただきました。
「絶対に一緒に何かやりたい」と思い、連絡しました。
今は本当にありがたいと思っています。
大場
3人ともパッションやモチベーションがすごいですね。
こうしてチームで取り組まれているのも素晴らしいです。
良い仲間に恵まれている印象を受けました。
谷津
実は、他にも多くのメンバーが関わっています。
今後どうなるかは分かりませんが、ここでつながっていくことが、一番分かりやすい形かもしれません。

誰もが自分にしかない色を生かせる社会を目指す「IRODORI」

大場
どのような世界、社会、未来を目指していますか。
また、今はどういうステージにいるのでしょうか。
谷津
IRODORIは2022年に創業しました。

パーパスは
「持っている自分にしかない色を生かした、多様な挑戦ができるまちをつくる」

ミッションは
「人、企業、地域を誰よりも信じて出番をつくる」

特に「出番づくり」に強いこだわりを持っています。

先ほど申し上げたように、本当に必要とされているものを見抜くためには、目の前の人や企業、地域が何に取り組もうとしているのか、その奥行きを理解しなければなりません。
大場
奥行き、ですか?
谷津
例えば、大場さんが「まだパッションを持てることが見つからない」とおっしゃっていましたよね。
では、大場さんはどんな人なのか。
どんな経験をしてきて、何に心が動くのか。
そこを深く理解しないと、本当にパッションを持てるかどうかは分からないと思うんです。
だから僕たちは、人・企業・地域を“本人以上に理解する”ことを意識して活動しています。
そうすることで、本人が気づいていない可能性にスポットライトを当てることができる。
その人が生まれながらに持っている「自分にしかない色」を生かして、多様な挑戦ができる街をつくる。
そこに強いこだわりを持って事業を設計し、ビジネスを組み立てています。
大場
それが、未来を見据えた目指すべき世界なのですね。
谷津
そうです。
自分にしかない色は、誰にでも必ずあります。
でも、今の社会システムは、必ずしも自己肯定感が高まる構造にはなっていない。
それは個人だけでなく、組織も同じです。
だからこそ、「IRODORI」という名前にしました。
少し余談ですが、当初は「ソーシャルチェンジ」という社名にしようと思っていたんです。
でも
永井
から「その名前だと、スーツ姿の若い男性ばかりの会社のイメージだから、私は入社しない」と言われまして(笑)。
結果として、IRODORIという名前になりました。

諦めていることや我慢していること、秘めた願い…「わがまま」を叶えるアプリを学習の現場に

大場
今回、ビジネスプランコンテストに応募された経緯を教えていただけますか。
谷津
僕たちは「ワガママLab」事業でエントリーしました。
高校や中学校の探究の授業、自治体からの委託事業などを通じて、一定の活動はできていました。
ただ、社会に対してより大きなインパクトを生み出せる取り組みにしていきたいという思いがありながらも、それを整理しきるきっかけがなかったんです。

そんなときに、MIT-VFJ理事の大野さんのお知り合いである鎌田さんと出会い、「MITベンチャーフォーラムをご存じですか?」と声をかけていただきました。
取り組みの内容をご紹介いただき、大野さんたちとお話しする中で、「ぜひ挑戦したい」と思い、応募を決めました。
大場
「ワガママLab」はどのような取り組みなのでしょうか。
永井
日々の暮らしの中で諦めていることや我慢していること、
本当はこうなったらいいのにと思っているけれど、言ってはいけないと思っている秘めた願い。
私たちは「わがまま」という言葉を、そのように定義しています。
可視化されづらい、少数の願い――わがままにこそ、本当に解決すべき課題があるのではないかと考えています。
その「わがまま」を叶えるアプリを作ることを、探究学習プログラムとしてメソッド化し、現在は全国の高校の探究学習の授業として提供しています。

また、年に1度「Japan Wagamama Awards」という、全国の10代を対象としたコンテストも開催しています。
もともとは私たち3人が現場で試行錯誤しながら必要だと感じたものが、サービスのコアになっています。
そこからマサチューセッツ工科大学との接点が生まれました。

MITが開発した「MIT App Inventor」という、簡単にスマートフォンアプリを作ることができるツールがあります。
MITと連携し、このApp Inventorを「わがままを叶える手段」として活用し、子どもたちがプランを作り、発表する。
さらに地域の方々を巻き込んだプロジェクトへと昇華させ、海外で発表する機会もつくっています。
大場
自分だけで抱えていたわがままが、アプリという形で実現でき、それが共有されることで「ひとりではなくなる」取り組みなのですね
永井
はい。特に地域の女性や子どもたちは、多くのものを抱えているにもかかわらず、解決する術がなかったり、声を上げる先がなかったりします。
また、ビジネスパーソンや行政職員に伝えるための言葉を持っていない場合も多く、結果として、課題が埋もれてしまうことがあります。
でも、「僕たちはこれが欲しいんだ」というアプリという形になっていたら、その声は届くものになります。
それが私たちの基本思想です。
大場
それを表現する手段としてアプリを選ばれた経緯は?
永井
きっかけとしては、「こんなツールがあるんだ」という発見でしたが、非常に合理的な手段だと思いました。
谷津さんはどうですか?
谷津
完全に同意です。
例えば、ビジネスプランコンテストのアイデアソンは、アイデアを発表して終わることが多いですよね。
学校の探究の授業も、調べ学習をして発表して終わるケースが多い。
共通しているのは、「プロトタイプまで作れない」ことです。
非エンジニアだけでは、動くものまで作れないという課題がある。
それを何とかしたいと、強く思っていました。
誰でも動くプロトタイプを作り、実際に触ってもらい、改良を重ねる。
その経験を誰もができるようになれば、誰もがイノベーターになれるのではないかと考えました。

しかし、多くの現場ではアイデアを発表して終わってしまう。
それでは、本当に幸せになる人が少ないのではないかと、現場を運営する中で感じていました。

そこで、実際に機能するアプリを作れるMIT App Inventorというツールに出会い、「これはまさにコンピューテーショナル・アクションだ」と思いました。
コンピューテーショナル・アクションとは、身近な地域課題や社会課題を、コンピューターを使って解決していくという概念で、MITのハル・アベルソン教授が提唱しているものです。
僕たちは、行政や企業、学校、教育機関と連携しながら、まさにその実践に取り組んでいます。

生きづらさは実は社会のリソース

大場
一人ひとりの気持ちに寄り添い、それを実現する手段を見つけ、実際に形にできるようになったということですね。
このビジネスプランについて、メンターからはどのようなアドバイスがありましたか?
谷津
本当にたくさんありました。
「君たちがやっていることが、正直まったくわからない」と何度も言われました。
それは、僕たち自身が十分に言語化できていなかったということだと思います。
メンターは谷口さんと戸塚さんでしたが、「誰に、どのような価値を提供したいんだい?」と、最後の最後まで問い続けてくださいました。
すでに走っている事業もあるため、どうしても既存の活動の話に寄ってしまいがちでした。
しかし、「誰の、どのような課題を解決するのか」という点を徹底的に整理しようと、お二人は諦めずに向き合ってくださいました。

やるべきことが無数にある中で、その問いに向き合い続けるのは簡単ではありませんでしたが、メンターの皆さんがいたからこそ、言語化することができたと思っています。
大場
それを言語化できた今、どのように推進しているのですか?
谷津
最終発表会でお話ししたのは、「自分の生きづらさは社会の役に立つ」という転換です。
例えば、「自分は不登校で、学校に行きたくても行けない」という人がいる。
でも、同じ状態の人は、世の中にたくさんいます。
その課題をテクノロジーで解決できる形にできたとしたら、自分の生きづらさは、誰かの役に立つものに変わる。
だから僕たちは、「生きづらさは社会のリソースである」と言葉にしました。

マイナスとして捉えてしまうと、支援策を用意するという方向に進みます。
しかし、テクノロジーをかけることで、生きづらさを抱えている人たちが、社会に価値を提供する側に回る可能性がある。
そうした世界観を提示し、最終発表を行いました。

実際、生きづらさを抱えている子どもたちは、驚くほど活躍します。
人はこんなにも成長するのかと感じるほどです。
もちろん、生きづらさがあるから偉いという話ではありません。
ただ、強いペインを持っている人は、解決したいテーマが明確です。
普段あまり課題を感じていない子は、なかなかアプリが作れないこともあります。
大場
現状に課題を感じていなければ、新しいチャレンジをしなくても済みますからね。
谷津
そうですね。
スタートアップの経営者も、強烈な原体験を持っている方が多いですよね。
それに近いと感じています。
解決したいペインが明確であるからこそ、テクノロジーの力を使い、僕たちのプログラムを通じて形にしていく。
それが「ワガママLab」の本質です。

10年で1万人の子供たちをMITにつれていく…日本の未来が変わる

大場
今後、さらにこうしていきたいということや、具体的に検討されていることがあれば、ぜひ教えてください。
永井
まずは、サービスをさらに磨き上げ、より多くの方に届けていきたいと思っています。
これまで「現場、現場、現場」という形で、目の前の実践に全力で取り組んできました。ただ、それだけでは広げていくことが難しいのではないか、と感じていたタイミングで、今回ご縁をいただいたメンターの皆さんから「仕組み」についてのご助言をいただけたことが、本当に大きな学びになりました。
つながりも広がってきていますので、さまざまな方と連携しながら、サービスを応援してくださる方も増やしていきたいと思っています。
より多くの場所へ、出ていきたいと考えています。
谷津
大きく2つあります。

まず1つ目は、生きづらさを抱えている子どもたちに日々向き合っている方々との連携です。
学校の先生や市の職員の方々は、話を聞き、カウンセリング的な対応をして終わる、というケースも少なくありません。
ほかにも、スクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラー、社会福祉士など、生きづらさを抱えている人たちと接している方は数多くいらっしゃいます。
その方々が、一定の技術的な知識を持ち、子どもたちのアプリ開発に伴走できるようになれば、生きづらさを抱える子どもたちにこのプログラムを届けられると考えています。
その人たちをしっかり育成し、伴走できる状態をつくることができれば、社会にイノベーションの種が次々と生まれてくるはずです。
その育成に、きちんと取り組んでいきたい。
これはビジネスプランコンテストの最終発表会でもお話ししました。

もう1つは、1年間で1,000人ほどの中高生をMITに連れていくこと。
10年で1万人です。
これは本気で実現したい目標です。
いま、AIをはじめとするテクノロジーが急速に進化し、AIという言葉を目にしない日はありません。
そのテクノロジーを使って、地域や社会の課題をどのように解決するかという視点を持つ、世界的な視座を備えた子どもたちを世に送り出したいと思っています。
このプログラムを体感した子どもたちが、海外に行き、「自分はテクノロジーを使ってこういうことをやっている」と語れる。
そんな子どもたちが、毎年1,000人ずつMITに行き続ける。
この活動を10年間続けた未来と、何もしなかった未来では、日本の世界におけるプレゼンスは大きく変わると本気で思っています。

ビジネスとしてどうか、という議論は一旦置いておいても、こうした活動は結果的に日本のためになると考えています。
試算すると、1年間で1,000人を連れていくには、活動費も含めて約30億円ほどかかります。
10年間で300億円です。
300億円を投じて日本の未来が変わるとしたら、やらない理由はないのではないかと思っています。
1兆円という数字だと天文学的に感じますが、30億円というのは、ある企業の1事業部の年間予算規模です。
そう考えると、決して非現実的な数字ではありません。
だからこそ、「やらなければいけない」と思っています。

今、MITとのつながりも深まっています。
日本中の地域に暮らす子どもたちを、その地域から直接MITへ。
毎年1,000人、10年間で1万人。
それが実現すれば、世界は変わるのではないかと思っています。
大場
実は私も、世界を変えるのは子どもたちだと思い、docomo内で「docomo未来フィールド」という取り組みを立ち上げました。
夢を考えるきっかけは、やはり何かを体験することだと思うんです。
例えばプロの方に触れると、「プロになるには何を食べたらいいのだろう」「筋トレをしたほうがいいのだろうか」「もう少し勉強しようかな、英語もやろうかな」と、考え始めると思うんです。
その“接点”をつくりたくて始めました。
将来を担うのは子どもたちですし、MITに行く機会があるのなら、本当に素晴らしい未来になると感じます。
谷津
そうですね。
実は、その体験に関わる大人たちがものすごく成長するんです。
僕たちは、そうした仕組みを支える大人の成長にこそ、大きな可能性を感じています。
本当にエクスペリエンスなんです。
圧倒的な体験になります。

ただ、こうした話をすると必ず「それでどうやってお金を稼ぐの?」と怒られるのですが(笑)
大場
メンターの方々とは、今も連絡を取っていますか?
谷津
はい、時々やり取りをさせていただいています。
イベントのご案内をいただいたり、打ち合わせをしたり。
本業での連携もぜひ進めましょう、という話もしています。

厳しかったメンタリング合宿を経て、チーム力も強化

大場
今後VMPに応募を考えている方へ、ひと言メッセージをお願いします。
遠藤
トップレベルの方々とディスカッションできる機会は、本当に貴重でした。
事業へのコミットメントをさらに高める、非常に重要な時間だったと思います。
立ち上げ期の方々にとって、一人で挑戦するのも良いですが、仲間と参加し、「ああでもない、こうでもない」と議論しながら、第三者の視点も交えて作り上げていく経験は、とても価値があります。
伴走してくれるメンターがいることで、挫けずに前に進める。
まずは挑戦してほしいと思います。
永井
私は「出会いが価値」だと感じました。
非常に高い専門性を持つ方々が多く、それぞれの視点でブラッシュアップしていただけます。
1段、2段とレベルアップしたい方には、ぜひ参加してほしいです。
谷津
集中的に、さまざまな指摘を受ける機会というのは、実はあまりありません。
特に、自分で事業を始め、ある程度会社を回し始めると、本気で指摘してくれる人は少なくなります。
メンターの皆さんは、忖度なく、本気で向き合ってくださいます。
しかもボランティアで関わっているからこそ、言いにくいことも率直に伝えてくださる。
成長したいけれど、良いプログラムが見つからないと悩んでいる方にとって、ファイナリストになれれば本当に大きな成長機会になると思います。
正直、僕は最初すごく嫌でしたけど(笑)
大場
そうですよね(笑)
谷津
メンターの皆さんは本当に優しかったのですが、合宿では「自分たちの何がわかるんだ」と思ってしまった瞬間もありました。10回くらいは(笑)。
でも、皆さんも言いたくて言っているわけではない。
そこで素直になれたことが、大きかったと思います。

合宿は本当に大変で、僕は1時間しか寝られませんでした。
遠藤は30分、永井>もそれくらいだったと思います。
でも、あの時間があったからこそチームは強くなりましたし、多くの方に壁打ちしてもらう機会の大切さを、改めて実感しました
大場
本当に良い時間だったのですね。
谷津
もう一度やれと言われたら正直つらいですが(笑)。
でも、次回応募を考えている方には、本気でエントリーをおすすめします。

谷津 孝啓(やつ たかひろ) 氏 プロフィール

株式会社IRODORI代表取締役

宮城県仙台市出身。
学生時代はハンドボール、アイスホッケーの二つの競技で同時に全国大会に出場していたスポーツマン。

2006年からベンチャー企業にて新規事業開発に挑戦し、女性活躍を支援する求人メディアの立ち上げなど社会課題解決につながる事業を手掛ける。

2023年に東京都文京区に大正時代に建てられた築100年の町家を改装してコミュニティスペース「wagamama machiya」を立ち上げ、都市部で活動する地域課題解決に取り組む企業と自治体が連携する仕組みを構築し、地方自治体の官民連携コーディネーターとして活動中。

国や自治体の政策プロジェクトを多数手掛けるとともに、企業のデジタル関連領域を中心とした戦略構築や事業展開、研修講師などを務める。地域で暮らす住民と行政が対話の場を通じて政策策定を行うカードゲームLocal Dialogueの開発者としても活動しており、行政の政策策定支援などを手掛ける。
また、マサ
チューセッツ工科大学が提供する誰もがスマートフォンアプリを開発できるソフトウェア「MIT AppInvenor」を活用した若者向けのデジタル人材育成プログラム「ワガママLab」を開発し、小学生・中学生・高校生・大学生が地域の課題をデジタルを活用して解決するプロジェクトを全国で展開中。

聞き手 大場さおり

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