INTERVIEW

株式会社aba宇井吉美 氏 & メンター山田敦子 氏(後編)

MIT-VFJのビジネスプランニングクリニック&コンテスト(BPCC)は、MIT-VFJ認定メンターが徹底したメンタリング・アバイスを行い、事業計画の見直しやブラッシュアップを経て最終審査発表会に至るコンテスト形式のプログラムです。
2001年〜2020年まで開催され、2021年からはベンチャーメンタリングプログラム(VMP)と名称を改め、より一層メンタリングに重点を置いたプログラムに変更されています。

今月は、BPCC 12に「未来の介護をデザインする尿検知シートLifilm(リフィルム)」というテーマで応募され、最優秀賞、新日本賞、正会員特別賞を受賞された宇井吉美さん、そして当時メンタリングを担当されたお一人、山田敦子さんにご登場いただきます。

ニュースリリースなどでご存知の通り、宇井さんは累計12億円の資金調達をされています。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000012.000044112.html
学生起業家が12億円の資金調達を受けるまでに成長した過程や、その成長を支えたBPCCのメンタリングについて、お話を伺いました。

前編はこちら

写真 宇井吉美さん宇井吉美さん
写真 山田敦子さん山田敦子さん

未来のabaを描いて戦略を作り、知財・法務を実装する

司会

山田さんから、宇井さんへ「取材を受けることをやめてみる」「介護事業所にボランティアに行く」などのアドバイスがありましたが、その他にはどのようなことがありましたか?

山田

事業戦略に合わせた知財・法務の実装があります。

知財というと多くの人は、とにかく多く特許や意匠を獲得しよう、できるだけ全部自分たちのものにしなければならないと考えがちです。
宇井さんの場合もはじめはそうでした。
当たり前のことですが、ビジネスは一人で作れるわけではありません。
様々なステークホルダーの協力を得て、WIN-WINの関係を作りながら自社が実現したい世界を作っていくわけで、「そのために自社が何を取り、パートナーに何を渡すのか」が問われてきます。
これを知財や法務にも反映していくことが大切です。
「ここだけは抑えておかないと、abaという会社・事業が成立しない。」というポイントはおさえる。
abaはこれを事業立ち上げのごく初期からやることが出来たのが良かったと思います。
未来のabaの姿を描いているからこその戦略、今抑えておくべき知的財産や法的権利があるわけです。
これは事業戦略を見据えながら知財・法務の概念を踏まえてこそ考えられることで、専門家に丸投げしてどうにかなることではありません。

弁護士や弁理士の先生方をはじめとする専門家の方々に効果的に助けて頂くためには、事業戦略を相手の専門分野に合わせて説明して何をしてほしいのかを伝え、相互理解を深めた上で、各専門分野について何に注意してほしいのかを伝えることが大切です。
要点を抑えることでコミュニケーションもスムーズになり、力を発揮して頂くことができます。
そのためには、依頼する側にも法律や知財に関しての相応の理解が必要となるのですが、ベンチャーにはなかなか難しい部分だと思います。

具体的なエピソードの一つでいうと、当時abaではメディアでの露出をなくしサブマリン状態にしつつ、同時に大企業との案件は進んでいました。

大企業って本当に良い人が多くて、「何とかベンチャーを応援してあげよう。ベンチャーはお金も大変だろう。今、部門で使えるお金があるので、これをabaに回してあげよう。」というようなことも自ら考えて下さったりします。
日々の資金繰りにも苦労しているベンチャーから見れば、救いの神ですよね。
で、たった1個の試作機に対して部門決済できる最大限の金額を払ってあげるために、「研究開発の委託」のような名目にしようとして下さるわけですが、ここが要注意でそれを実行してしまうと関連する知的財産権がすべて大企業側に移転するというような契約関係になるわけです。

しかし、大企業側の担当の方々は、学生のこのビジネスを応援してあげようと言う気持ちから様々な形でabaにお金を払ってあげられるようにしようとして下さいます。
例えば、「研究開発プロジェクトを発注」するなどです。
その結果、知的財産が大企業のものになってしまう可能性がありました。
そこで、知的財産はabaに残すために、交渉、見積もり、請求書などに目を配り、細かな修正をするようにしました。
大企業側に悪意があるわけではないんです。
むしろ、良かれと思ってやっていることが多いと思います。
しかしながら、大企業との提携などでベンチャーが知財を大企業に奪われたという話を聞くことは少なくありません。
このケースを見ていて、それはこういう経緯で起きていることもあるんだろうなと感じました。

法務についても同様で、様々なやり取りを経てようやく契約を進めていく段階に進んだ時には弁護士の先生との初回のミーティングに参加して、この事業の概要とパラマウントベッドさんとの関係、aba社として何を取り、何は相手に渡すのか、基本的な方針を説明することでその後の法務部分での方針についての相互理解が明確となりました。

目で見てわかるものは特許に。
目で見てわからないものは秘匿ノウハウに

宇井

山田さんに教えてもらったことは「目で見て(技術の仕組みが)わかるものは特許に。目で見てわからないものは秘匿ノウハウに」ということです。
これを技術開発の初期に聴くことができたはとてもラッキーでした。
私がちょっとでも「目で見て技術の仕組みがわかるな」と思ったことは、弁理士に相談し、判断を仰げばいい。
これをわかっていないスタートアップが後で泣いてしまうケースが多々あります。
ビジネスが具体化することになって、「ああ、これ特許取らなくちゃいけなかったのか…」と思うことが起きるんです。
最近、知財の話をしてくださいと言われることが増えています。

このような悲劇を少しでも減らすために、私は技術系のスタートアップの方たちにこのことをお話ししています。

ドラマ・下町ロケットに出てくる、知財に詳しい敏腕弁護士のモデルになった鮫島弁護士という方がいらっしゃいます。
鮫島先生に初めてお会いした際に、「abaさんはすごい。基本的な知財戦略に関して、何も言うことはないです」とおっしゃっていただきました。
これまでのabaの知財戦略を専門家に認められた瞬間で、本当に嬉しかったです。
abaは「目で見てわかるものは特許に。目で見てわからないものは秘匿ノウハウに」をベースに全ての知財が整理されており開示すべきでない部分は秘匿ノウハウ、ブラックボックスにしている。
手遅れになってしまっているスタートアップをたくさん見られてきた鮫島先生だからこそ、この時の賞賛はこれまでの戦略が正しかったんだと自信がつきました。

できた時が産み時。
それすらネタにするくらいにたくましく!

司会

おふたりがタッグを組んで事業が成長していく経緯をお聞きできて、とても興味深いです。
一般的なビジネスコンテストでは起こりえない成果は、メンタリングという仕組みを持っているMIT-VFJのビジネスプランニングクリニック&コンテスト(BPCC)ならではのことだと感じます。
山田さんは公私に渡って、宇井さんをサポートしたとお聞きしましたが。

山田

ある日、宇井さんから電話がかかってきて、「あの…」と言われた時に、「妊娠したんだな」と、感じたら、本当にそうでした。
宇井さんは、誰にも言わないで堕ろそうかと思ったそうです。
「資金調達中に妊娠するなんて…出資元がなんと思うか…」そんな考えの宇井さんに「そんなことで断るような会社に出資融資してほしい?産み時なんて、待っていても永遠に来ないよ。できた時が産み時。介護系のベンチャーなんだから、むしろ、社長が子供を産んで子育てしながら事業を立ち上げているのも強みにできるはず。アピールに使うくらいにたくましくやろう。お腹の中の子は営業部長にしてしまおう。」そう言いました。
そんなわけで、宇井さんの子は存在が認識された直後からabaの営業部長なんです(笑)。
女性起業家で、産んで、育てながら事業を立ち上げているというのは、宇井さんのキャラに合うし、強みにできると思いました。
そして出産後、宇井さんは実際に赤ちゃんを連れでよくミーティングに行っていました。
「えいぎょうぶちょお」の肩書きの入った赤ちゃんの名刺も作りました。

当時、宇井ちゃんと私は毎日大量のチャットをやりとりしていましたが、出産したのは12/31もずっとLINEのチャットで会話をしていました。
「ちょっと産んできます」というメッセージでその日は終わって、翌日1月1日にはまた産まれましたのメッセージももらって(笑)。
で、早速その日から、また事業の話をして。
宇井さんは、母子手帳の仕事に復帰した日の項目に出産翌日、仕事内容は経営会議、と書いていました(笑)。

資金調達を経て、チームも私としても一皮も二皮もむけた

司会

最初にご紹介した通り、貴社は最近大きな資金調達(累計12億円)に成功されました。
資金調達については、今までどのような経緯、ご苦労がありましたか?また、今回の資金調達で、達成したいと思っていらっしゃるゴールは?

宇井

3回のVCラウンドの資金調達をやりました。
私は、Excelが市松模様に見えるくらい数字計画つくりが苦手な人間なので、すごく苦労しました。
当時、そのラウンド(資金調達において、投資家が起業家に出資をする段階のこと)のリードVCは、リアルテックファンドさんでした。
リアルテックファンドの担当者の人が、abaのCFOでもないのに、資料をゼロから作ってくれたり、投資委員会の時に、私に替わって投資委員の質問に答えたりして。
彼は、その場で、投資委員の代表者に怒られておりました…。
(もちろんその後さらに、、、)私が不甲斐なさすぎるせいで、こうやって被害者が出てしまいました。
(笑)利害の関係なく動いてくださった方が多くいらっしゃったので、何とか1回目を乗り切りました。

2回目は、老舗の介護系企業が入ってくださいました。

3回目の資金調達の前に、当社の幹部メンバーがバタバタと辞めていったことがありました。
最初に出した製品が事業として、なかなか立ち上げが上がりきれなくて。
私は新規の研究開発も同時に行っていたので、気が散ってしまっていたというところがありました。
介護現場に行くと、いろいろな課題が起こっているので、どんどん新しい研究テーマが湧いてきてしまうんですね。
当時abaは、国や民間企業からから複数の研究費助成事業を受託しており、総額1億円を越えていた時もありました。
これだけ少ないメンバー数でやっていると思えないほど、多くのプロジェクトを抱えてしまっていたんです。
そのように混沌としていたのが、2020〜2021年でした。

その後、プロジェクト数がスリム化され、人も入れ替わり、私ももう一度走ろうと決めたのが、昨年2022年です。
チームとしても、私としても一皮も二皮もむけました。
相当数の投資先を回り、結構自信がついてきて、最終的に9社が投資をしてくれました。
1日で最高8件の投資家を回ったこともあります。
目が開いている間は、ずっとパソコンを見る生活をしていて、事業企画書は100ページを超えました。
そして、調達額は元々の予定していた額の2倍近くになりました。
市況が悪い中で、これだけの資金が集まるということは、投資家の方々のabaへの期待を感じます。

山田さんから、「やっていること言っていることは、以前から変わっていないけれども、シャープになった」と言ってもらえました。

司会

MIT-VFJは2021年より、BPCC(ビジネスプランニングクリニック&コンテスト)からVMP(ベンチャーメンタリングプログラム)に変更し、コンテスト形式から、応募者のビジネスプランがメンタリングによってどれだけブラッシュアップされたかを見ていくプログラムに変わりました。
ボランティアをベースとした我々MIT-VFJの活動に対し、期待されることがあれば教えてください。

山田

この団体には、経験豊富で個性豊かなメンターがたくさんいます。
その中でも、やはりベンチャーとメンターとのマッチングの妙というのがあると思います。
私と宇井さんの場合も、それぞれの個性が出会ったことによって起きたことが多くあったと思います。
これからも、各起業家の個性に合うようなマッチングの妙を期待しています。

宇井

濃いメンタリングを文化として、実態として残して欲しいです。
私もいろいろなアクセラレーションプログラム、カンファレンス関係にも多く出ていますが、ここまでメンタリングをちゃんとやってくれるプログラムは他にはほぼ存在しない状況です。
理由はメンターが探せないからだと思います。
日本はメンターの数と量がない。
だからコンテスト化したり、カンファレンス形式にしたり、グループディスカッションを取り入れお互いに教え合う形に持っていったり、マッチング形式にしたりする。

起業家の卵の中には、私のような何かの原体験があって、想い一本で起業した子たちもいると思います。
その子たちの熱量は、社会にとって今後も必要になると思うのですが、どうしても情熱先行でロジカルさには欠けています。
そういった、ある種のクレイジーな起業家を世の中に送り出す意味で、メンタリングという形は今後も残してほしいと思います。

山田さんは、ウジウジ言っている当時の私に「電通:鬼の10則」を渡したことがあったんです。
悩んでいる人に追い打ちをかけるなんてひどい!と当時は思っていましたが。
(笑)今はわかるのですが、あのような本気の叱咤激励をすることが大事だと思います。
そしてそういう叱咤激励をする人が減らないでほしいですね。

宇井吉美 プロフィール

2011年、千葉工業大学在学中に株式会社aba を設立。
中学時代に家族介護者となった経験から「介護者を支える」と誓う。
その後、学生時代に「排泄ケアシステム『Helppad(ヘルプパッド)』」の開発を開始、その後製品化。
2021年、「日本ケアテック協会」理事就任。
MITテクノロジーレビュー主催「Innovators Under 35 Japan 2021」選出。

写真 宇井吉美さん

山田敦子 プロフィール

インターネット黎明期に大手電機メーカーのSEとして電子政府システムの企画〜構築に携わったことをきっかけに新規事業・起業に魅せられ、生涯のテーマとする。
コンサルタント、ベンチャーキャピタリスト、ベンチャーを経てインバイトジャパン株式会社起業。
メンバーの半分が日本人以外の多国籍チームで、国籍・母語・国籍を超えて多様な協力しあい、価値を生み出す組織づくりに注力。
ビジネスモデル、IT、マーケティング、知財、法務、財務を包括的に見たベンチャーの戦略と実行に強み。

写真 山田敦子さん

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