INTERVIEW

BPCC16ファイナリスト
株式会社アイデミー 創業者 石川聡彦さん

「渇望感」と「成功体験」を力に変えて、世界へ、次のステージへ

5歳から11歳まで歌舞伎の子役として舞台に立ち、東大在学中に起業した石川聡彦氏。
MITベンチャーフォーラムのメンタリングで多様なリーダーと出会い、そこで得た縁や気づきが、その後のアイデミー創業、成長へとつながっていった。

アイデミーの上場、そしてアクセンチュアへの参画という大きな転機を経た今も、石川氏の原動力は「渇望感」と「成功体験」だという。
これまでの挑戦と、次に見据える世界への挑戦について聞いた。

歌舞伎から東大、そして起業へ

「自分は特別だ」という感覚と、「このままではいたくない」という渇望が、起業家としての原動力になった
大場
まず、自己紹介をお願いできますか。
石川
石川聡彦と申します。1992年10月生まれで、今33歳です。横浜出身で、少し珍しい経歴としては、幼少期に歌舞伎の子役をやっていました。
そうすると「梨園出身なんですか?」とよく聞かれるんですが、一般家庭の出身です。映画『国宝』をご覧になった方なら、横浜流星さん側ではなく、吉沢亮さん側です、と説明すると一番伝わりやすいですね(笑)。
5歳から11歳まで歌舞伎の子役をしていて、11歳で引退しました。その後は中学受験をして神奈川の進学校に入り、東京大学へ進学しました。

大学3年生のときに、現在のアイデミーにつながる会社を起業しました。当時はまだ別の会社名でした。
ただ、最初の3年間は全然うまくいかなかったんです。一度休学して、その後もう一度大学に戻り、就職活動も経験しました。それでも、やはり起業家としてもっと挑戦したいという気持ちがありました。
そして会社をつくって4年目、24歳のときに社名をアイデミーに変更し、AIに軸足を置きました。同時にベンチャーキャピタルからも資金を調達し、もう一度ギアを入れ直したんです。
そこから事業が伸びていき、2023年に東証グロース市場へ上場しました。当時30歳で、グロース市場では最年少の上場経営者でした。
その後、2年半ほど上場企業の経営を経験し、アクセンチュアからTOBのお話をいただきました。とてもいいお話だと思ったので個人としても同意し、現在はアイデミーとアクセンチュアの合併に伴い、アクセンチュアに籍を置いています。
今はアクセンチュアのタレント・リインベンション部門で、マネジング・ディレクターの一員として、主にラーニングサービスの展開の責任を担っています。
大場
アクセンチュアに移籍されてからも、アイデミーでされていた仕事を引き継いでいるんですか?
石川
引き継いでいます。
アクセンチュアは、グローバルでラーニングサービスを強化していて、これまでに5社を買収しています。アメリカが3社、インドが1社、日本が1社で、アイデミーが日本では最初の案件になります。
生成AI時代になり、企業や組織そのものが大きく変わっていく中で、コンサルティングやシステム導入だけではなく、組織の中にいる従業員のスキルそのものを変えていく必要があります。
そこでアクセンチュアとして、2023年頃からラーニングサービスを強化する動きが始まりました。その一環としてアイデミーを買収することになったんです。
アイデミーがもともとやっていた事業も、まさにこのラーニングサービスでした。特にAIやデジタルに特化した領域では、日本でトップシェアを持っていました。
教育プラットフォームやコンテンツ、そして顧客基盤をアクセンチュアが獲得するという目的がありましたので、基本的には今までやってきたことをそのまま継承しています。
一方で、アイデミーからすると、これまで正社員約130名でやっていたところに、グローバルで同じことをしている仲間が4社増えたわけです。さらにアクセンチュアの日本拠点にも、この領域のプロフェッショナルが何百人以上もいます。
より大きな仲間の中で事業を進められるようになった、というのが今の状況ですね。

「学ぶハードル」を下げる

AIを学ぶ人を増やし、企業の変革につなげる。それがアイデミーの事業だった
大場
アイデミーでは、具体的にどのような事業をされていたのでしょうか?
石川
アイデミーのミッションは、「先端技術を経済実装する」ことでした。
AIやデジタル技術は、これから社会を変えていく大きなキードライバーです。ただ、学ぶ側からすると、どうしてもハードルが高い。とっつきにくいですし、何から始めればいいのか分からない。
そこで、そのハードルを下げるサービスをいろいろ提供していました。
主力だったのがEラーニングです。AIやデジタルに特化した学習教材を250以上のコースで提供し、受講生は35万人以上いました。
主にBtoBで、日本を代表するような製造業のお客様にも多く利用していただいています。組織全体のAI・デジタルリテラシーを底上げしていくサービスですね。
それに加えて、リアルな研修やワークショップ、さらに学んだことを実際の事業につなげるために、お客様と伴走しながら開発していくサービスも提供していました。
アクセンチュアにジョインした後も、基本的な構造は変わっていません。
大野
社員一人ひとり、全員にEラーニングを提供するんですか?
石川
そうです。もちろん企業によって、対象を一部門にする場合もあれば、全社員にする場合もあります。
たとえば自動車メーカーのMAZDAさんでは、全社員が3年間アイデミーのライセンスを使うという形で、組織全体の底上げをしていただいています。
実際、全社員で使っていただくケースは非常に多いですね。
大場
そもそも、なぜこのサービスをやろうと考えたんですか?
石川
大きく3つ理由があります。
一つ目は、大きなマーケットで勝負したかったからです。
アイデミーを立ち上げる前の3年間は、正直、全然うまくいきませんでした。日本で事業を立ち上げるには、少し早すぎたのかもしれませんし、難易度の高いテーマだったとも思います。
そんな中で、いろいろなベンチャーキャピタルの方と話をしていたら、「
石川
君は東大出身なんだから、AIで勝負したほうがいい」と言われたんです。
当時は、起業するならビジネスアイデアの面白さが大事だと思っていました。でも、投資家からすると、もっと重要なのはマーケットの大きさや成長性なんですよね。
それはその通りだと思って、AIという市場で勝負しようと決めました。

二つ目は、自分自身が感じていた課題を解決したかったからです。
僕は東大でもコンピューターサイエンスではなく、都市工学科という、都市計画、都市環境工学を学ぶ分野でした。
その一方で、当時からAIやデータサイエンス、ビッグデータ解析が大きなトレンドになっていた。自分自身も「学びたいけれど、難しい」と感じていたんです。
AIはこれからすべての産業に広がっていくと言われていたので、その「学ぶハードル」を下げることには大きな意味があると思いました。

そして三つ目が、実際にやってみたときの引き合いの強さです。
最初の3年間は、5個、6個といろいろなアイデアを考えて、実際にローンチもしました。でも、サービスを始めても、1カ月経って利用者が僕の親友だけ、ということもありました(笑)。
ところが、勉強会を開いてみたら30人くらいすぐに集まって、「ぜひ教えてほしい」と言ってくれる。
その反応の違いがあまりにも大きかったので、「このテーマならいける」と思ったんです。
大場
市場性と、ご自身が感じていた課題。その両方があったということですね。
石川
そうですね。

「娘を嫁に出す」ような気持ち

買収ではなく、文化を次のステージへ持っていくための合併
大場
多くの起業家にとって、自分で会社をつくり、別の会社に買収されたり、グループに入ったりすることは、大きなイベントだと思います。
石川さんは、どのような気持ちでアクセンチュアとの資本提携、そして吸収合併を決断されたのでしょうか。また、実際に入ってみて、何が変わりましたか?
石川
資本提携による100%子会社化と、実際に会社が合併する吸収合併は、自分の中では分けて考えています。
最初の資本提携について言えば、例えるなら、自分の愛する娘が、いいところの王子様に嫁ぐくらいの気持ちでした(笑)。
もちろん寂しさはあります。でも、それ以上に誇らしさや、これからが楽しみだという気持ちのほうが大きかった。
僕自身、オーナーとしてのジャーニーはいったんそこで途切れます。だから寂しさは当然あります。
ただ、シリコンバレーには「ベストオーナーではなく、ベストリーダーであれ」という考え方があります。オーナーでなくてもリーダーシップは継続できるし、逆にオーナーであっても、リーダーを別の人に譲ることもある。
日本では「オーナー企業」という言葉があるように、この二つがくっついて考えられがちですが、必ずしもそうではないんですよね。
それが最後に背中を押してくれました。

実際、今もオーナーとして会社に関わっているわけではありませんが、リーダーの一員としてサービスには関わっています。そういう意味では、非常にワクワクしています。
そして、100%子会社化から半年ほどで、先月、完全な吸収合併を迎えました。外から見ると、アクセンチュアという大きな会社にアイデミーが染まっていくように見えると思うんです。人数も規模も全然違いますから、「買う側、買われる側」という構図に見える。
でも、実態はかなり違います。
アクセンチュアからは、「アイデミーが大切にしてきた強みやカルチャーを、アイデミーの中だけに閉じないでほしい。それをアクセンチュア自身が学び、日本の組織を変えていく」と繰り返し言っていただいております。
だからこそ、今回の合併は、アイデミーがアクセンチュアに吸収されるというより、僕たちが大切にしてきたカルチャーを、アクセンチュア自身が変わっていくためのテコとして使うための合併なんだと理解しています。
たとえば、今アクセンチュア自身が変革しようとしているテーマの一つに、ヘッドカウントに依存するビジネスから、プロダクトドリブンのビジネスへ変わっていくことがあります。
僕たちはEラーニングというプロダクトを通じて、そういうビジネスをしてきました。
もちろん違う部分もありますが、そこからアクセンチュアもアイデミーから学びながら、新しいビジネスを立ち上げていきたい。
そう説明していただいているので、これからのワクワクの方が大きいですね。
大場
大小の関係ではなく、ポリシーをどう次に引き継ぎ、さらに発展させていくか。そこに今回の合併の意味があるんですね。
石川
そうですね。

アクセンチュアがアイデミーを選んだ理由

リ「研修」ではなく、「変革」を起こすためのラーニング
大野
Eラーニングという言葉はすでに広く普及していて、いろいろな会社が提供していますよね。
その中で、アクセンチュアが石川さんの会社に的を絞って、一緒になろうとした理由は何だと思いますか?
石川
やはり、アクセンチュアという会社は「変革を支援する会社」だと10年以上言い続けています。
その変革を支援するためのEラーニングを持っていたことが、大きかったのだと思います。
大野
他では持っていなかった?
石川
少なくとも、僕たちとはかなり違うと思います。
Eラーニングと一口に言っても、知識を学ぶためのものや、管理職になったときのマインドセットを整える研修、あるいは最近では、好きなものを自由に受ける形式のものもあります。
もちろん、それはそれで素晴らしいサービスです。
ただ、それらは「ビジネス・アズ・ユージュアル」をより加速するための研修であって、必ずしも「変革を起こすための研修」ではないと思うんです。
僕たちアイデミーがやっていたのは、そこが違いました。
AIやデジタル技術を使って新しい事業をつくる、あるいは今までできなかった生産性改善を実現する。そのための研修を提供し、さらに研修を受けて終わりではなく、その後の開発まで伴走していました。
アクセンチュアは、組織だけではなく、経営やM&Aなど、より上流から会社全体を変えていくアプローチを取っています。
アプローチは違いますが、「変革を起こす」「AIやデジタルをテコにする」という目的は同じなんです。
そこにある思想の近さは、もともと感じていましたし、今でも感じています。
大野
なるほど。「変革」がキーワードなんですね。アクセンチュアのミッションとも重なる。
石川
そうですね。

「渇望感」と「成功体験」

困難を乗り越える力は、どこから生まれたのか
大場
歌舞伎役者をされていたというお話がありました。また、以前のインタビューでは教師を目指していたという話も拝見しました。
今もAI教育など、さまざまなことに取り組まれていますが、何かに挑戦するとき、石川さんベースにある考え方や、モチベーションの源泉について教えていただけますか?
石川
僕の場合は、「渇望感」と「成功体験」の二つがうまくミックスされたことが、起業を含め、あらゆる原動力になったのだと思います。
渇望感は、もしかしたら負のエネルギーとも言えるかもしれません。
悔しさや、「このままでいたくない」「もっと上があるんじゃないか」という気持ち。ある意味、野心ですね。
たとえば、歌舞伎の子役をやっていたときに感じていた不平不満があります。
映画『国宝』の世界そのものではありませんが、血を持つ者と持たざる者の違いというものを、子どもながらに感じていました。
僕は歌舞伎の家の出身ではありませんでしたから、当時の自分からすると、歌舞伎の家に生まれた人たちがすごく羨ましく見えたし、優遇されているように感じた。「不公平だな」と思っていたんです。
今考えれば、それはそれで厳しい環境でしょうし、常に稽古をしているわけですから、差が出て当然だと思います。
でも、当時はそう思えなかった。

もう一つは大学時代です。
最初の3年間、起業が全然うまくいかなかったと話しましたが、当時、同じシェアオフィスにいた東大の後輩が、キュレーションメディアの会社を数億円で売却したというニュースが出たんです。
すごく悔しかったですね。
同じような空気を吸っていて、自分より年下で、似たような環境なのに、学生の身で数億円を手にしている。
「絶対にあいつには負けたくない」と思いました。
そういう渇望感が、自分を駆り立てていたと思います。

一方で、成功体験もありました。
歌舞伎の役者をしていたというのは、非常に珍しい経験です。歌舞伎座や国立劇場の舞台に立って、小学生の頃から何千人もの人に見られていた。
そこで「自分は特別なんだ」という感覚を持てたことは、大きかったと思います。
東大も一浪はしましたが、なんとか合格できた。それも一つの成功体験でした。
「頑張れば、なんとかなる」という感覚を、成功体験を通じて持てたんです。
この二つのどちらかが欠けていたら、違っていたと思います。
成功体験だけなら、現状に満足しすぎていたかもしれない。逆に渇望感だけだったら、ずっと不満を抱えているだけの人になっていたかもしれない。
その二つがうまく組み合わさったからこそ、困難に直面したときの原動力になったのだと思います。

「選んだ道を正解にする」

大企業に入った今も、起業家としての野心は消えていない
大場
創業して、そのまま会社を成長させ続ける方もいます。一方で、今回はアクセンチュアの理念や考え方に共感して、一緒になることを選択されました。
独立したままでいることと、大きな企業にジョインすることには大きな違いがあると思いますが、石川さんはどのように捉えていますか?
石川
今回のアクセンチュアとの話がなかった場合、自分がどうしていたのかは、もう想像がつかないくらい違う世界線になっていたと思います。
ただ、大きな意思決定って、結局は選んだ道を正解にするしかないんですよね。
だから、「もしこの話がなかったらどうしていたか」ということは、ほとんど考えていません。
実際、今回の話があってから、離職率が下がったり、これまでできていなかった案件の機会が増えたり、ポジティブな変化がたくさん出ています。
もちろんネガティブな変化もゼロではありません。
でも、全体として見れば、すごくいい方向に向かっている。だから、良い意思決定をしたと思っています。
大場
「もし」はないということですね。
石川
そうですね。
ただ、意思決定のプロセスについては、少し補足しておきたいことがあります。
上場会社のM&Aでは、代表取締役や大株主は、利益相反の問題があるため、対象会社との交渉に直接入れないというルールがあります。
ですから、実際にアクセンチュアとの交渉で、どういう価格にするのか、シナジーがどうなのか、といった部分について、僕自身は一切タッチしていませんでした。
社外取締役を中心とした特別委員会や、その事務局である社内の限られたメンバーが交渉していました。なので、具体的にどういう議論がされたのかは、僕には分からない部分もあります。
一方で、代表取締役、ファウンダーとして、「今回の話がなかったらどうするのか」という二の矢、三の矢は、実はいくつも持っていました。
アクセンチュアでなければ、こういう選択肢がある。その次にはこういう選択肢がある、というシナリオは複数考えていたんです。
ですから、今回の話がなかったらアイデミーが危なかった、ということでは全くありません。
僕個人としては、もし分析できるのであれば、「アクセンチュアではない別のシナリオだったら、どうなっていたのか」というは知りたいです。それくらい、いろいろな準備はしていました。
大野
例えば、MITベンチャーフォーラムBBCCファイナリストの小林清剛さんは、ご自身の会社だったノボットをKDDIに売却後、しばらく同社で働いていましたが、結局退社してシリコンバレーへ行って、新たな取り組みに挑戦されています。
石川さんの場合、起業家だったにもかかわらずアクセンチュアという大企業に入られて、ご自身の性格やこれからやりたいことについて、「この先、自分はどうなるんだろう」という気持ちはありませんか?
石川
「ないですか」と言われたら、ありますね。
それは社内でも隠していません。
起業家として、まだやり残したことはたくさんあります。
上場企業として時価総額を伸ばし続けるということも道半ばでしたし、もう少し事業の話をすれば、海外に展開して外貨を稼ぐということもできませんでした。
ですから、そういうことをやってみたいという野心はあります。
もう一度起業するのであれば、以前より多少はレベルアップしていますから、今度はもう少しうまくできるんじゃないか、という自信もあります。
一方で、今のアクセンチュアで学べることも本当にたくさんあります。
グローバル企業なので、世界中でナレッジシェアが行われていますし、今回のM&Aも、アメリカ3社、インド1社、日本1社という形で、それぞれが持っているプラットフォームやコンテンツを統合していくというテーマがあります。
世界中をぐるりと回ったR&Dのような形で、「こうやっていくんだ」というものが見えてくる。
これは、起業家として経験する面白さとはまた違う、非常に興味深い学びです。
Yahoo! JAPANの社長を務められた川邊さんも、M&Aでヤフーに入り、その後も社長を務められていますよね。
ですから、今の時点で「自分はこうする」と一つに決めているわけではありません。
まだ入って1年くらいですし、PMIも始まったばかりです。
今は、脇目も振らずに頑張っています。
それが、今の自分の本心でもありますね。

強い組織は、「自分より優秀な人」を入れるところから

10人までと100人まででは、必要な人材が違う
大野
個人的にすごく興味があるのですが、起業するときに仲間をつくり、そこから100人以上の組織に成長させるというのは、どうやって実現するのでしょうか?
石川
最初の10人までと、次の100人まででは、分けて考えたほうがいいと思います。
最初の10人までは、自分と似たバックグラウンドの、同質性の高い組織でした。
僕がアイデミーを始めた24歳のときは、大学院生だったので、大学院の仲間や学生インターンが中心です。
ただ、僕は「フルタイムで働いてほしい」と生意気なことを言っていました(笑)。
休学したほうがいいとか、大学4年生でも単位を取り終えて週1回しか大学に行かないなら、週6で働いてくれ、とか。
かなり無茶なことを言っていましたね。
でも、最初の10人については、それで良かったと思います。
AIというテーマでR&Dをするのであれば、若手のほうが良かった。
新しい技術やトレンドを追いかけて、それを実際に身につける柔軟性がありますから。
多少荒かったとは思いますが、若手の良さを存分に発揮して、他社よりも安く、いいものをつくれたと思います。
仲間は、ネットワークや友人、Twitterなどを通じて見つけて、フルタイムで働いてもらいました。

一方、アイデミーになってから、事業をBtoBにピボットしました。
最初は学生や個人向けにサービスを売っていたのですが、それだと単価が上がらず、解約率も高い。
そこで、同じサービスの売り先を企業に変えました。
そうすると、Go To Marketの部分では、若手よりも経験豊かなシニアなプロフェッショナルを入れたほうがいい。
大企業のお客様から見ても、「この会社なら信頼できる」と感じてもらえることが重要です。
そこで10人から30人くらいまでは、大企業の幹部経験者などを、資金調達したお金を使ってエージェントなどから探して採用しました。
その方々からのリファラルで、さらに組織を大きくしていった。
30人を超えてからは、R&Dには若手、Go To Marketには経験豊かな人材という形で採用していきました。
そうやって気づけば、100人くらいになっていた、というイメージです。
大野
石川さんは、ご自身のポリシーだけではなく、世の中や状況を客観的に見て、その場に合わせて対策を変えながら進めていらっしゃるんですね。
石川
ちょっと後付けで格好よくしていただいている部分もありますけど(笑)、結果的にはそうだったのかもしれません。
大野
今、ベンチャーメンタリングプログラムをやっていますが、参加者の多くは一人で起業しています。
「チームをつくらないと大きくなれない」と言うのは簡単ですが、実際に人を増やしていくのは難しい。
石川さんから、何かコツがあるとしたら?
石川
スタートアップのセオリーに、「自分より優秀な人を入れろ」というものがあります。
それを愚直に実行できたのが、アイデミーだったと思います。
一般的には「迷ったら採用するな」という格言がありますが、僕の場合は、「超ハイプロファイル人材なら、迷っても採用する」でした。
なぜかというと、自分が「いいな」と思う人だけを採用していると、自分の判断センサーが間違っている可能性があるからです。
特に若手の起業家は、自分のセンサーそのものを磨いていかないと、いいチームをつくれないと思います。
「自分が100%信じられる人」だけを採用していると、最初の10人くらいまではいい。でも、その先のブレイクスルーが起こりにくい。
アイデミーでは、僕が25歳か26歳のときに、20くらい歳の離れた外資系企業の部長職だった方を採用しました。
当時は、ものすごく迷いました。
入社初日にSlackを使っていたら、「Slackって何?」と聞かれたりして(笑)。パソコンを見るときに眼鏡を外している姿を見て、「これは間違えたかもしれない」と頭を抱えました。
でも、その方は自分が想像していなかった切り口で、ものすごく価値を出してくれたんです。
長い社会人時代につくられたネットワークを活かして、日本の大企業から案件を取ってきてくれた。
「こういう戦い方もあるんだ」と、自分のほうが学ばせてもらいました。
つまり、自分のセンサーが間違っていたんです。
メンバークラスでそれをやるのは危険だと思いますが、超ハイプロファイルな人材であれば、周囲の人も見て「この人はいい」と判断できているなら、迷っても採用していいんじゃないか、というのが僕の持論です。
大野
つまり、自分一人でやってはいけないと分かることが大切なんですね。
ただ、それを実際にやるのはなかなか難しい。お金も必要ですし。
結局、人間的な魅力なのかな、とも思うのですが。
石川
人間的な魅力もあると思いますが、それだけが大きな要素ではない気がします。
人って、誰しも魅力がありますから。
むしろ、ある意味ではワイルドにお金を使えるかどうかもあるかもしれません。
さっきの45歳のプロフェッショナルな方は、かなり年収を下げてきていただいたのですが、それでも当時の僕からすると目玉が飛び出るくらいの年収でした(笑)。
営業から生まれるキャッシュフローだけで払おうとしたら、そんな意思決定はできなかったと思います。
でも、VCから出資してもらっていたので、「人のお金でもある」と思えば、思い切って使えた。
もちろん、それによる失敗もありました。
ただ、起業するときって、みんな自信満々で起業するじゃないですか。
自分の求める水準も高い。
だからこそ、投資家から出資してもらうことで、ある意味、自分一人ではなくなるんです。
僕自身も「投資してもらったお金だから、いい人材に使おう」と思いましたし、投資家側も「せっかく投資したのだから、
石川
一人ではないチームをつくってほしい」と考えていた。
その両方がうまくマッチして、チームが良くなっていったのだと思います。
そういう意味では、社外の力を借りることは、起業家にとってすごく大事だったと思います。
大野
やっぱり、人への投資は大事ですね。

「ヤギクル」から始まった、人生を変えた出会い

アイデミーにつながった最初の一歩は、意外にも「ヤギのスタンプ」だった
大場
MITベンチャーフォーラムとの関わりについて伺います。
BPCC16ではファイナリストになられていますが、応募されたきっかけと、そのときのテーマ、そしてアイデミーにどうつながっていったのかを教えていただけますか?
石川
本当に感謝しています。僕にとって、人生を変えるきっかけでした。
応募したきっかけは……すみません、覚えていません(笑)。
当時は学生だったので、とにかくビジネスコンテストやインキュベーションプログラムに手当たり次第エントリーしていました。
その中でMITベンチャーフォーラムに目をつけていただいた、ということだと思います。
当時やっていたアイデアは、今とは全然違いました。「ヤギクル」というサービスです。
どういうものかというと、飲食店などのリアル店舗への来店を促進するアプリケーションです。
当時から、来店するとポイントがもらえるサービスはありました。でも、「お金で釣るのはセンスが悪い」と思ったんです。
そこで、来店するとヤギのスタンプがもらえるようにする。
ヤギって可愛いじゃないですか。「ヤギのスタンプが欲しいから、いろんな店舗を回るんじゃないか」という、かなりお花畑なアイデアでした(笑)。
当然、そんなにうまくいくわけもなく、アプリはローンチしたのかどうかというところでクローズしました。
でも、そんなアイデアを温かくプレゼンさせていただいたんです。
結果的に、そのアイデアで事業が成長したわけではありません。賞をいただいたのも、アイデアそのものというより、当時の自分の行動量を評価していただいたのではないかと思っています。

ところが、そこから思いもよらない展開が始まりました。
BPCCで、マイクロソフトのクラウドのライセンスをいただいたんです。
さらにマイクロソフトのピッチイベントにも招待していただき、そこでまた似たようなアイデアを話しました。
その会場にいたのが、後にシードラウンドで投資していただくスカイランドベンチャーズの木下さんでした。
久しぶりにお会いしたら、「石川くん、苦労してそうだね。アドバイスしてあげるよ」と声をかけてくださって、その後のミーティングにつながりました。
そこで「AIだったら投資する」「AIでやったほうがいい」とアドバイスをいただき、アイデミーにつながっていったんです。
本当に、わらしべ長者のような話ですよね。
最初のきっかけにMITベンチャーフォーラムがあった。
だから、もしあのとき応募していなかったら、木下さんとの出会いもなく、全然違うアイデアで迷走していたと思います。
大野
「ヤギクル」、よく覚えていますよ。
石川
覚えてます?(笑)できれば忘れてください。かわいい、学生らしいサービスでした。
大野
学生だった石川さんが、今のようなところまで来られたというのは、本当に素晴らしいと思います。
石川
皆さんのおかげです。まさに、わらしべ長者のようなものです。

メンターから学んだのは、答えではなく「リーダーのあり方」

多様なリーダーを間近で見ることで、自分自身のスタイルが見えてきた
大場
実際に参加されたときは、メンターの方々とビジネスプランについて壁打ちをしながらブラッシュアップされていたと思います。
そこで得た影響や人脈、気づきについて、具体的なエピソードがあれば教えていただけますか?
石川
本当に可愛がっていただきました。
中でも秋山さんには、アイデミーが上場するくらいまでの10年近く、毎年のようにご連絡をいただきました。
ここ3年くらいは、なかなかお会いできていないんですが、それまではちょこちょこお会いする機会もあって。
秋山さんらしい、男気あふれる語り口で、「頑張っていけ」「もっとこうすればうまくいくんじゃないか」「俺が協力してやろうか」と言ってくださる。
久間さんもメンターのお一人です。
久間さんを通じて、DBJや、久間さんが関係されている大企業などに、アイデミーをご提案させていただく機会もありました。
本当にいろいろなビジネスオポチュニティをいただいたんです。
BtoBのサービスでは、最初の10社のお客様をどう獲得するかが本当に難しいと思います。
その10社の実績ができれば、それをもとに横展開しやすくなる。
その最初のGo To Market、実績づくりの部分で、メンターの先輩方の人脈にも助けていただきました。
そういう関係性が、長く続いていたんです。
大野
おお、久間さんも石川さんのメンターでしたか。久間さんは私がDBJのお手伝いをしていた関係で知り合い、口説いてメンターになってもらった人です。
石川
素敵な方をハントしていただいて、ありがとうございます(笑)。
大場
個人的な興味なんですが、「ヤギクル」はメンターに会う前と後で、どんなふうに変わったんでしょうか?
石川
もう覚えていないです(笑)。
アイデア自体もブラッシュアップしていただいたと思うんですが、正直、それ自体が一番大きな価値だったわけではないと思います。
それよりも、当時は三浦の合宿場で寝食をともにして、いろいろなリーダーシップの形を見ることができた。
秋山さんの男気あふれるリーダーシップと、久間さんの知性あふれるリーダーシップ。
かなり対照的だったと思います。
そういうものを目の当たりにして、「自分に合うマネジメントの形って何だろう」「自分はどういうふうにアイデアを出していけばいいんだろう」と考えるようになりました。
すごくメタ的な話ですが、そこで得た一番大きな価値は、そういうことだったと思います。
寝食をともにしたからこそ、頭で考えるだけではなく、体感として分かった。
それが、自分のその後のリーダーシップにもつながっていると思います。

「いつやるの? 今でしょ」

次の挑戦は、世界へ。そして、受けた恩を次の世代へ渡していく
大場
最後に、起業したいと思いながらまだチャレンジできていない方や、すでに起業しているけれど悩みを抱えている方に向けて、メッセージをお願いします。
また、これからベンチャーフォーラムのコンテストに応募しようと考えている方へのメッセージもお願いします。
石川
僕自身の今後の夢という意味では、先ほどから少しお話ししているように、やはりグローバルな挑戦をしたいと思っています。
アクセンチュアというプラットフォームを通じてやるのか、場合によってはそこを飛び出してやるのかは分かりません。
でも、いつかはグローバルで挑戦したい。それは、人生のアジェンダの一つです。
今、日本の相対的な地位がどんどん低下しています。円安によって、それをより実感しやすくなっていると思います。
そこに対する危機意識は強く持っています。
僕自身、これまで本当に多くの先輩方に助けてもらいました。
さっき「わらしべ長者」と言いましたが、ある意味、いろいろな方におんぶに抱っこで今の自分があります。
だから、もちろん恩返しもしたい。

でも、それ以上に、受けた恩を次の世代へ贈っていきたいと思っています。
そのためにも、自分自身が大きな挑戦をしていきたいですね。
起業を考えている方へのメッセージとしては、すごくいいチャンスだと思います。
MITベンチャーフォーラムのこうした取り組みは、長い歴史がありますし、本当に素晴らしいと思います。
今は、こういうプログラムがたくさんあります。大企業にもベンチャー連携、スタートアップ連携というアジェンダがほとんどあります。
この10年で、起業家を応援する人たちが本当に増えました。
ベンチャーキャピタルに集まっているお金も、10年前とは比べられないくらい増えています。
もちろん今は「スタートアップ冬の時代」と言われています。グロース市場の平均的なプライスも、3年前と比べればかなり下がっています。
ただ、それでも10年前と比べれば、環境は圧倒的に良くなっています。
お金だけではなく、起業を支援する人やプログラム、企業との連携など、起業家を取り巻くモメンタムそのものが大きくなっている。
そう考えると、ものすごく起業しやすくなっていると思うんです。
だから、少し古いギャグになっていますけど、「いつやるの? 今でしょ」と、改めて言ってもいいくらい、環境は整っていると思います。
ぜひ、こうした取り組みをテコにして、起業に挑戦してほしいですね。
大場
本日は大変貴重なお話をありがとうございました。

石川 聡彦(いしかわあきひこ)氏 プロフィール

アクセンチュア株式会社 Talent Reinvention Partner マネジング・ディレクター / 株式会社アイデミー 創業者

大学在学中にAIスタートアップの株式会社アイデミーを創業。東京大学エッジキャピタルや大手グローバル製造業から10億円以上の資金調達ののち、2023年6月の東証グロース上場(5577.T)、3社のIT企業の買収を通じたインオーガニックグロースを牽引。2025年11月アクセンチュア社からのTOBによるアイデミー社の完全子会社に伴い、アクセンチュア社に転籍し、現在は組織変革を担うコンサルティング部門で主にラーニングプロダクトの開発・展開を主導。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA)など。東京大学工学部卒。同大学院中退。Forbes 30 Under 30 Japan/Asia受賞。

聞き手 大場さおり

聞き手 大野一美

MIT-VFJ アライアンス オフィサー
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